原晋の嫁は原美穂?子供や営業時代についても調べてみた!

どうもー
小さいおじさんです。

 

今日は箱根駅伝で大活躍、
青山学院大学の原晋監督についてです☆

 

前職では伝説の営業マンと呼ばれていた原さん、
青山学院大学の監督になったきっかけが気になります。

 

奥様やお子さんについて、
また前職である営業マン時代についても調べてみました。

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原晋さんのプロフィール

原晋

名前:原晋(はら すすむ)
生年月日:1967年3月8日
出身地:広島県三原市
最終学歴:中京大学卒

陸上を始めたのは中学から、
高校は駅伝の強豪校として知られる広島県立世羅高等学校出身。

 

高校時代主将として活躍した原さんは、
箱根駅伝には縁のない中京大学に進学 します。

 

在学中”日本インカレ5000メートル3位”などの好成績を残した為、
大学卒業後は地元の中国電力に期待のランナーとして入社。

 

入社4年目には主将になりチームを引っ張りますが、
右足首捻挫などの故障が続き、わずか5年で選手生活を引退しています。

 

ランナーとして走れなくなった原さんですが、
その後も中国電力に勤務。

 

支店の中でも下の方の営業所に配属され、
10年間サラリーマンとして働いています。

 

同期は本社で活躍しているのに、
自分は膝を壊しただけでなく、下の営業所に配属される・・・

 

普通なら落ち込みそうなもんですが、
「存在価値を認めてもらいたい・・・」
原さんはその一心で企画、広報、営業と何にでもチャレンジをしたそうです。

 

企業用の約1000万円もする省エネ空調機も売りまくり、
数年後には販売成績は、社内でもトップに躍り出たそうです!

 

まさに伝説の営業マン、落ち込むのは簡単ですが、
やはり成功する人はどこに行っても活躍できるのだなーと思いました><

監督になったいきさつは?

原晋

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全日本実業団駅伝への出場経験はあるものの、
箱根駅伝の出場経験はない。

 

そんな原さんの元に、
監督の話が舞い込んだのは36歳の時。

 

世羅高校時代の後輩であり青山学院大学OBである人物から、

「うちの母校が駅伝を強化しようとしているのですが、監督をしてみませんか?」

という話をもらいます。

 

快諾した原さんはすぐに会社を退社、
2004年に青山学院大学陸上競技部中・長距離ブロック監督に就任しました。

 

「中途半端では学生から見透かされる」、
そう思って会社を辞め、退路を断ったそうですが。

 

逃げ道を作らない・・・
そんな姿勢が本当にかっこいいですよね。

奥さんやお子さんについて

さてさて、
最後に原さんの奥さんやお子さんについてです。

 

わずか5年の選手生命・・・
下っ端営業所からトップの営業マン・・・
ゼロから箱根駅伝の監督へ・・・

 

波瀾万丈といえる原さんを側で支える女性、
一体どんな方なのか気になります><

 

早速調べてみた所、
なんと青山学院大学町田寮の寮母原美穂さんとの事です。

原美穂

結婚したのは1995年、
2人の間にはお子さんはいません。

 

青学の監督になってから出会ったのではなく、
原さんが監督として青学に入ると同時に美穂さんも寮母になったそうです。

 

営業成績トップと言えば収入もかなりいいですし、
どうやら2人は新築の家を建てて間もなかったそうですし・・・

 

奥さんはよく夫が会社を辞める事に、
OKを出しましたよね。

 

だって収入も環境も36歳で一新するというのは、
とっても怖くないですか!?

 

なんたって新築のローンもあるだろうし・・・
クレヨンしんちゃんに登場するみさえなら泣いて止めると思いますよ 笑

 

夫が夫なら妻も妻、
夫の意見を尊重できる奥さんって素敵ですね。

まとめ

以上原晋監督についてでした。

 

●奥さんは寮母さん
●子供はいない
●営業時代はトップセールスマン

 

原夫婦のサポートがあったからこそ、
青学の伝説が産まれたんでしょね。

 

これからの活躍も、
心より応援しています。

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