桂米朝の嫁や息子について!病名や名言についても調べてみた!

人間国宝である桂米朝さんが、
本日亡くなられました。

 

病名は肺炎とのことですが、
坂東三津五郎さんに続き、日本にとって惜しい人物の旅立ちとなりました。

 

今日は妻や息子について、
また米朝さんの名言についてまとめてみました。

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病名は肺炎?

桂米朝

名前:桂米朝
本名:中川清
生年月日:1925年11月6日
出身地:中華人民共和国遼寧省大連市普蘭店市

90歳という大台を目の前に、
89歳で旅立たれた桂米朝さん。

 

1996年には落語会で2人目の人間国宝に指定されており、
その上品な語り口調から多くの人に好かれていました。

 

今回米朝さんが亡くなられた理由は肺炎ですが、
初めて発症したのは
2013年8月。

 

兵庫県内の病院に一時は入院したものの、
2ヶ月後には退院。

 

病状が安定しているとも報じられていただけに
突然の一報は皆に大きなショックを与えたようです。

え・・ショック。体調が悪いのは知っていたけど。
年齢が年齢なだけに仕方ないのかもしれないけど、上品な方だったなぁ。残念。

 

ご高齢でしたし、いつかこの日が来てしまうのは分かっていたはずなのに、
喪失感がはかり知れません。

ただ新春恒例の「米朝一門会」を昨年に続き2年連続で欠席するなど、
最近では体調を心配していた方も多かったようですね。

 

舞台は違えど坂東三津五郎さんに続き、
偉大な方が逝ってしまった事を本当に寂しく思います。

奥様について

中川絹子

米朝さんの奥様は絹子さん、
お2人は米朝さんが33歳(1958年)の時に結婚しています。

 

大阪出身である絹子さんは、
1940年大阪松竹少女劇団に入団。
*現在のOSK日本歌劇団

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戦後はダンスチームで活躍し、
「駒ひかる」として活動していました。

 

米朝さんとの出会いは演芸一座の巡業中、
結婚後は米朝家を切り盛りし、弟子達にとって良き母であったそうです。

 

2014年6月27日、
88歳にして心不全で亡くなっていますが。

 

喪主を務めた長男により、
晩年はパーキンソン病を患っていた事も明かされています。

 

妻の死は米朝さんにとって大きなショックであったので、
まさに妻の後を追うような旅立ちにも思えますよね。

息子について

桂米團治

33歳の時に結婚した米朝さん、
絹子さんとの間には3人のお子さんがいます。

 

長男は同じく落語界で活躍する、
桂米團治さん。

 

本名を中川明さんといいますが、
どうやら普段はかなり天然な方のようです。

 

他のお2人に関しては特に情報がないので、
恐らく一般の方なのかな?

 

亡くなられたお父様の分も、
明さんには今後の落語会を引っ張っていってほしいですね。

名言をご紹介

さて最後ですが、
米朝さんと言えば数々の名言がありますね。

 

とても学ぶ事が多い言葉ですので、
ここに書かせて頂きます。

●お前より下の人間は居てへんのやさかい、
これは誰の履き物なんか考えんと、みんな揃えたらええねん。

 

●好きなことをしていれば人は集まってくるもので、無理に友だちを作ることはない。

 

●ええか。やっぱり最後は人間やで。人柄や。どんな上手くなっても、どれだけ売れても、人間が大事やねん。これは落語だけと違う。踊りやってる人も、音楽やってる人もみんな言うてる。人間性やて。そやさかい人間を磨いていかなあかんのや

他にも沢山ありますが、
個人的に好きなのは2番目の言葉。

 

好きな事をしていれば人は集まってくる、
無理に友達を作る事はない・・・

 

人は他人に好かれようとしがちですが、
そうではなく、好きな事をしていれば自然と集まってくるんだ・・・

 

そんな風に私に気づかせてくれた言葉でした。

 

とても惜しい気持ちはありますが、
天国で再び奥様と出会えた事を願います。

 

どうが安らかにお眠り下さい。

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